これからの時代に必要なSTEAM教育
人工知能やビッグデータ、ロボティクスといった先端技術が劇的に発達している現在、教育のあり方も形を変えようとしています。
そのなかで注目されているのが、科学・技術・ものづくり・デザイン・数学の知識を横断的に使用し、問題を解決したり、創造したりしたりする能力を育むことを目的とした「STEAM教育」です。
今回は、このSTEAM教育の定義や注目される背景、取り組みや現状などをくわしく解説していきます。
STEAM教育とは? 文部科学省の資料などから解説
冒頭でも述べたとおり、STEAM教育とは、科学・技術・ものづくり・デザイン・数学といった学問領域を横断して指導・学習する枠組みで、Science・Technology・Engineering・Art・Mathematicsの頭文字をそれぞれ取って名付けられました。
文部科学省の『新学習指導要領の趣旨の実現とSTEAM教育についてー「総合的な探究の時間」と「理数探究」を中心にー』によれば、近年でのSTEAM教育は「取り扱う社会的課題によって、S・T・E・Mを幹にして、ART / DESIGNやROBOTICS、E-STEM(環境)など様々な領域を含んだ派生形が存在し、さらには国語や社会に関する課題もあり、いわゆる文系、理系の枠を超えた学びとなっている」とされています。
ちなみに、STEAM教育が提唱された背景には「STEM教育」があります。STEM教育とは、科学・技術・ものづくり・デザイン・数学分野からなる教育のことで、2000年代にアメリカではじまりました。
オバマ政権下においては、先端技術を用いる人材の育成や、STEM分野を横断する総合的なカリキュラムや教師が少ないことへの懸念から、年間約30億ドルもの予算を割き、国家戦略として位置づけられるほどの重要事項でした。
このSTEM教育に芸術や感性、あるいは教養(リベラル・アーツ)といった意味を内包する「Art」を加えて発展させ、来たるべきAI時代や激変する社会に対して柔軟に対応できる人材を教育するべく提唱されたものがSTEAM教育なのです。
出典:『新学習指導要領の趣旨の実現とSTEAM教育についてー「総合的な探究の時間」と「理数探究」を中心にー』
参考:『STEAM 教育とは? 21世紀の創造、変革、問題解決に必要なSTEAM力』
STEAM教育が注目を集める背景
STEAM教育が注目を浴び、必要とされている大きな要因としては「時代の急激な変化」が挙げられます。
文部科学省の「Society 5.0 に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」によれば、日々加速度的に変化していく現代社会を「Society 5.0」と定義し、STEAM教育の重要性が訴えられています。
同資料のなかでは、人工知能やビッグデータ、IoT、ロボティクス等の先端技術の発展を、狩猟・農耕・工業・情報社会といった人類の大きな社会変革期と匹敵するほど重要であるとみなしており、情報社会の次には「Society 5.0」が訪れるであろうと記されています。
AIなどの技術の発達は、経済にも大きな影響を及ぼします。「Society 5.0」における経済社会は「これまで人間でなければ担えないと考えられてきた分野に及ぶイノベーションの連鎖は、我々の社会や生き方そのものを大きく変えていくだろう。」と予想されており、AIやロボットによって多くの仕事が自動化された結果、仕事のありかた、必要なスキルも変化していくことは想像に難くありません。
実際に、野村総合研究所が2015年に試算した『日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に~ 601 種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算 ~』では、将来的に日本の労働人口の約49%が、技術的には人工知能等で代替可能になると予測しています。
AIやロボットなどによる代替可能になる代表的な職業としては、事務や製造業、各種オペレーターなどが多く見られます。逆に代替可能性が低い職種としては、アートディレクターやデザイナー、カウンセラーや医師などが挙げられています。
AIやロボットが担う職業が増えてきた際には、職種の選択は大きく変わることが予想されます。その時代に対応するための教育やスキルの育成が、これからの時代には求められていくといえるでしょう。ただ、現状の文系・理系に分断された高等教育や、それ以前の幼・小・中等教育が従来のままでは、来たるべき「Society 5.0」で活躍できる人材を育てるカリキュラムを提供することができません。
そこで、AIやロボットでは不可能な高度な判断や発想、創造力などを育むために、科学・技術・ものづくり・数学といった知識を複雑に横断し、さらにデザインなどの要素を加えたSTEAM教育が必要とされ、注目を浴びているのです。
出典:文部科学省『Society 5.0 に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~』
野村総合研究所『日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に~ 601 種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算 ~』
STEAM教育の目的
『新学習指導要領の趣旨の実現とSTEAM教育についてー「総合的な探究の時間」と「理数探究」を中心にー』によれば、STEAM教育の目的は「科学・技術分野の経済的成長や革新・創造に特化した人材育成」、「STEAM分野が複雑に関係する現代社会に生きる市民の育成」と記されています。
具体的にどのような能力を習得するかの目標に関しては『Society 5.0 に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~』にて以下の「3つの力」が提案されています。
・(1)文章や情報を正確に読み解き、対話する力
・(2)科学的に思考・吟味し活用する力
・(3)価値を見つけ生み出す感性と力
(1)については、知識や技能としての語彙や数的感覚といった基礎学力にくわえて、文字や情報を正確に理解し、論理的思考をおこなうための読解力が必要だと記されています。また他者と協働することで思考力や判断力、表現力を深めるなど、「読み解き対話する能力」が重要であるそうです。
(2)については、人やAI、ロボットなどが複雑に関係し合う社会を迎えるなかで、科学的な観点から思考・吟味をし、活用する力が不可欠であるとしています。また機械を理解し使いこなすための知識・技術や、その基盤となる数学などをしっかりと理解すること。そして分析的に思考する力や、全体をシステムとしてデザインする力が必要だと結んでいます。
(3)については、現実世界を意味があるものであると理解し、その思考を基に新たなものを生み出していくことは、AIやロボットには代替できない人間の営みであるとしています。そして自身の体験を通じて醸成される感性やアイデアを生み出すための思考の流暢性、旺盛な好奇心や探求力が求められるとされています。
上記をまとめると、STEAM教育の目的は本項や先の項目でも記したとおり、大きく変革していく社会に対応し、AIやロボットではできない仕事をしたり、価値を生み出したりするための能力を身に付けることであるといえるでしょう。
STEAM教育の取り組みと現状
ここまでは、STEAM教育の定義や目的、注目を集める背景などを解説してきました。本項では、日本におけるSTEAM教育の現状や、具体的にどのような取り組みがおこなわれているかを解説していきます。
STEAM教育の現状
文部科学省では、STEAM教育を高等学校から導入していく方針がとられていますが、現在では幼・小・中等教育においても裾野が広がってきています。しかし、スムーズに導入が進んでいるとは決して断じれない状況だということもまた事実です。
現状の課題としては、まず教育者の不足を挙げることができます。STEAM教育ではプログラミングの授業が行なわれることとなっており、2020年度からは小学校で必修化される予定です。しかし、「授業を担当する教員をすべての学校が等しいレベルの人材を用意できるのか」という懸念があります。
次に、STEAM教育では「EdTech(エドテック:個別最適化)」が重視されています。エドテックとは、教育(Education)と テクノロジー(Technology)を組み合わせた造語のことです。STEAM教育に関しては、学習教材としてPCやタブレットを使って授業の動画を観たり、個人の学習状況等のスタディ・ログとして活用したりすることが想定されています。
このエドテックを行うにあたっての学習機材やアプリケーションの手配や、ネットワーク環境の整備を完了させることが、目下の課題となっています。
また、文部科学省が発表している『21世紀の教育・学習』によれば、教育機関におけるSTEAM教育の課題点として、現時点で科目間交流がほぼないことや、先生・生徒も忙しすぎること、また授業が表層的になってしまうのではないかといった意見が出されています。
政府・企業におけるSTEAM教育の具体的な取り組み
上記のSTEAM教育における課題を解決し、質の高い学びを提供するために、政府や企業によってさまざまな取り組みが展開されています。
たとえば、文部科学省は『今後の教育課程の改善について』のなかで、「将来にわたり、日本が科学技術分野で世界を牽引するためには、イノベーションの創出を担う、科学技術関係人材の育成を中等教育段階から体系的に実施することが不可欠。」とし、先進的な理数系教育を実施している高等学校等を「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定し支援すると発表しています。
また、国際化を図る国内大学や、企業・国際機関と連携してグローバルな社会的課題を発見・解決する力を養い、国際的な舞台で活躍できる人材の育成に取り組む高等学校などを「スーパーグローバルハイスクール」に指定し、独自のカリキュラムを開発・実践する予定です。
さらに、高校生から大学の授業を先取りして履修し、より高度な学びを提供するWWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム構築支援事業など、さまざまな取り組みに予算を割いています。
ほかにも、埼玉大学のSTEM教育研究センターでは、地域の子どもたちに向けてロボット技術やプログラミングを取り入れたものづくり教育をおこなっています。また企業レベルでは、学研プラスとMIT MediaLabがタッグを組み、作曲×プログラミング・算数をテーマにした学習コンテンツ「Music Blocks」をリリースするなどしています。
上記は主に「学ぶ側」を主体とした取り組みですが、教員側への教育プログラムもさまざまな取り組みがおこなわれています。
ベネッセでは「イノベーティブ・ティーチャー育成プログラム」という、「専門外・想定外・学校外」に強い教員を生む養成プログラムを開発していますし、タクトピアではMIT起業家教育プログラムをベースとした、学校運営課題やプログラム開発構想を題材とした協働プログラムを提供するなどしています。
このように、政府のみならず、多くの企業もSTEAM教育を推進していくための取り組みをおこなっているのが現状です。
参考:『「未来の教室」プロジェクトから見たEdTechやSTEAM教育の課題』
『今後の教育課程の改善について』
教育機関のSTEAM教育の取り組みについて
文部科学省の働きかけもあり、STEAM教育の裾野は大学から幼稚園まで、幅広く広がってきています。とくに、2020年度からは小学校でプログラミング学習が必修化されるなど、具体的な背作も実現してきています。
本項では、モデルケースとして小・中・高等学校で実際におこなわれたSTEAM教育の実例を解説していきます。
世田谷区立烏山小学校(東京都)
東京都の世田谷区立烏山小学校は、ICT活用・プログラミング教育・ものづくりの3つの視点からSTEAM教育に取り組んでいます。
なかでも、4年生がおこなった「安全・安心なまちづくり」では、プログラミングが主眼におかれ、信号機が必要であると感じる場所を地図からピックアップし、歩行者信号機ロボットを設置し、信号が切り替わる時間などを信号機にプログラミングするといった授業がおこなわれました。
参考:教育家庭新聞『プログラミング・ものづくり・ICT活用 3つの視点でSTEAM教育<世田谷区立烏山小学校>』
聖徳学園中学・高等学校(東京都)
聖徳学園中学・高等学校では、生徒に1台ずつiPadを提供し、STEAM教育を実践しています。
2017年には新校舎として通称「STEAM棟」を竣工。「Global Thinking」「ICT&Innovation」を合言葉として、グローバルな人材育成に注力しています。
具体的な授業内容としては、無料アプリである「Swift Playgrounds」を使用してプログラミングを学び、「Sphero SPRK+(スフィロスパークプラス)」という球状ロボットを動かすなど、高度な授業が展開されています。
参考:ReseMom Biz『STEAM教育が自身の強みを拓く…“ICT教育のパイオニア”聖徳学園の今』
成城学園高等学校(東京都)
成城学園高等学校は、都内でもかなりデジタル化が進んでいます。すべての教室にはWi-Fi環境が整備され、PCやプロジェクターなどにくわえ、Apple TVなども活用されています。
生徒には1人1台iPadが支給されており、英語の家庭学習や授業内コミュニケーションに使用されているそうです。
上記の先進的な環境づくり、及び教育の成果としては、2019年にAdobeが開催した「Hello! SDGs クリエイティブアイデアコンテスト」において、同校生徒が学校部門の優秀賞として選ばれています。
参考:EdtechZine『アドビのコンテスト受賞校、成城学園高校の指導教諭に訊く、子どもたちの「やってみたい!」を支援する校外活動指導とは』
STEAM教育とプログラミングについて
教育機関におけるSTEAM教育の取り組みで紹介したSTEAM教育事例で目立つ点は、デジタル環境の導入やプログラミングを授業に取り入れている点です。
プログラミングにおいては、2020年度から小学校の必修科目となることもあり、これからより注目されていくことでしょう。また、STEAM教育の観点からもプログラミング、また後述する「プログラミング思考」はとても重要です。
以下で、なぜプログラミングが必要とされているのかや、プログラミング思考について解説していきます。
プログラミングはSTEAM教育における重要な1項目
プログラミングはSTEAM教育における1つの重要な項目です。多くの企業が子どもから大人向けまでSTEAM教育と紐付けてプログラミング教育サービスを提供しています。また先の事例でもおわかりの通り、小・中・高等学校問わず、プログラミングを活用してSTEAM教育をおこなっている教育機関も増えてきています。
文部科学省も、幼少期よりプログラミング及びプログラミング思考を育むことを推奨しており、2015年に発表された『小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)』で、以下のように取りまとめています。
「プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり、コーディングを覚えることが目的ではない。」
出典:文部科学省『小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)』
ここで重要なポイントは、「プログラミング的思考などを育むこと」の一文です。多くの人が誤解しがちですが、プログラミングを学ぶ目的は「コードが書けるようになる」だけではありません。
「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」では、プログラミング思考とは以下のように定義されています。
「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」
出典:文部科学省『小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)』
プログラムをする際には、処理する対象の細分化、処理を実行するための繰り返しや条件分岐などを行います。この複雑な物事を細分化して解きやすくしたり、問題のなかで何が重要化を導き出したりする思考は、別の分野の問題解決にも活用することができます。
そして、この思考方法は、複雑化するさまざまな問題を自分自身の力で解決しなければならない「Society 5.0」の時代において重要になってくることでしょう。
そのプログラミング思考を学ぶために、プログラミング学習がうってつけであり、早い時期から学ぶべきであるということから、小学校の必修科目化されるなど重要視されているのです。
幼少期におけるプログラミング学習の重要性や、メリット、教材などについては、以下のコラムでくわしく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。
まとめ
今回は、STEAM教育の定義や注目される背景、現状の課題や取り組み、実例、そしてプログラミングとの深い関わりなどを解説しました。
STEAM教育は一般に認知されはじめてきているものの、未だ日本では発展途上であり、課題もあります。しかしながら、少しずつ成功事例も出てきており、政府や企業がさまざまな政策やサービスを展開しています。大きく変革する社会に対応するためには必要不可欠な学び方であり、教育ですから、教育関係者はもちろんのこと、親御さんも大枠を掴んでおくべきだといえるでしょう。